資金繰りが詰まると、どれほど優れたビジネスモデルであっても、企業はその歩みを止めざるを得ません。
経営者にとって、「資金をどう確保するか」は、日々の意思決定の中でも最も重いテーマの一つです。
そんな中、近年耳にする機会が増えたのが「ファクタリング」という資金調達手法です。
一部では「高コストな資金調達」といった懸念も聞かれますが、実際にはその性質と役割を正しく理解すれば、銀行融資とは異なる価値を持つ存在として活用できるものです。
この記事では、「ファクタリングとは何か?」という基本から出発し、銀行融資との違い、そして中小企業がそれを賢く使いこなすための視点までを、私の経験とともに掘り下げていきます。
私は、みずほ銀行で法人融資の現場に長く携わり、その後、金融庁で制度設計にも関わりました。
制度と現場の両方を見てきた立場から申し上げると、資金調達は単なるお金の出入りではなく、企業の“鼓動”そのものを整える行為です。
だからこそ、ツールの選び方一つで、経営の流れは大きく変わります。
ファクタリングもまた、そのひとつの「選択肢」にすぎません。
しかし、選択肢は多いほどよい。
そして、その一つひとつを理解しているかどうかが、経営者としての「筋力」を決めるのです。
ファクタリングの基礎知識
ファクタリングとは何か
ファクタリングとは、企業が保有する売掛金(売上債権)をファクタリング会社に譲渡し、代金を早期に回収する資金調達の手段です。
本来であれば1〜2か月後に入金されるはずの売掛金を、即日または数日以内に現金化できる点が最大の特徴です。
資金がすぐに必要なとき、あるいは金融機関からの借入が難しいとき、ファクタリングは「借入ではない」手法として柔軟な選択肢となり得ます。
ここで重要なのは、ファクタリングは借金ではないため、貸借対照表の負債に計上されないという点です。
これは財務諸表上の見栄えを気にする企業にとって、大きな利点となることもあります。
2種類のファクタリング(買取型と保証型)
ファクタリングには大きく分けて「買取型」と「保証型」の2種類があります。
1. 買取型ファクタリング
ファクタリング会社が売掛債権を買い取り、現金を支払います。
債権の管理や回収はファクタリング会社が行うため、リスクの移転も伴います。
多くの中小企業で利用されているのはこちらのタイプです。
2. 保証型ファクタリング
売掛債権の回収が不能になった場合に備え、ファクタリング会社が保証を提供する形です。
債権は譲渡せず、回収は企業自身が行います。
大企業間取引などで、信用リスクのヘッジとして使われることがあります。
中小企業が日常的に活用するのは、ほとんどが「買取型」です。
この点を押さえておくだけでも、利用時の判断がしやすくなるはずです。
売掛債権と資金化の仕組み
ファクタリングの対象となる「売掛債権」とは、簡単にいえば「これから入ってくる予定の売上」です。
たとえば、得意先に納品・請求を行い、1か月後に入金される契約になっている場合、その請求額が売掛債権に該当します。
ファクタリング会社は、その売掛債権の価値を評価し、一定の手数料を差し引いて現金を支払います。
手数料の相場は、一般的に1〜20%程度とされますが、信用状況や業種、債権の内容によって異なります。
なお、回収不能リスクを誰が負うかによって、「償還型(リコース)」と「非償還型(ノンリコース)」に分類されることもあります。
ノンリコース型では、得意先が支払不能に陥っても、債務を返済する義務はありません。
このあたりは契約条件によって大きく変わるため、事前の確認が極めて重要です。
法制度上の位置づけと金融庁の見解
ファクタリングは貸金ではないため、貸金業法の対象外です。
したがって、貸金業登録や利息制限法の制約を受けることなく運営されています。
この点は一方で利点でもありますが、同時に規制の空白ともなりうるため、悪質な業者が参入しやすい土壌でもあるのが実情です。
金融庁もこの点を認識しており、2023年には「偽装ファクタリング(実態は貸付)」に対する注意喚起を公式に発表しています。
また、同庁の資料では、利用者に対して「取引内容の十分な確認」と「複数の業者比較」が推奨されています。
つまり、法制度としては整備の途上にあり、利用者側が自衛意識を持って臨む必要がある分野だといえるでしょう。
銀行融資との違いを読み解く
審査基準とスピードの違い
銀行融資とファクタリングの最も大きな違いの一つは、「審査の観点」にあります。
銀行融資では、企業の財務内容や代表者の信用情報、担保・保証の有無など、企業そのものの信用力が問われます。
一方で、ファクタリングは「売掛先(得意先)が信用に足るかどうか」が主な審査ポイントになります。
つまり、自社ではなく“売掛先の信用”をもとに資金化できるのです。
この構造の違いにより、ファクタリングの審査は非常にスピーディです。
早ければ申込み当日に資金が振り込まれるケースもあり、これは銀行融資では考えられない速さです。
スピードを重視したい局面では、ファクタリングが強力な手段となります。
担保・保証の有無と信用力の扱い
銀行融資では、通常、担保や保証人が求められます。
とくに中小企業では、代表者の個人保証が条件となることも少なくありません。
これに対し、ファクタリングは担保も保証も原則不要です。
その理由は、前述のとおり、審査対象が「売掛先」であり、債権そのものを譲渡するからです。
この点からも、ファクタリングは「信用力に課題のある企業」や、「創業間もない企業」にとって現実的な資金調達手段となり得ます。
ただし、過去に反社取引や税金滞納などがある場合は、ファクタリングでも利用を断られる可能性があるため注意が必要です。
資金使途の柔軟性と制限
銀行融資は、資金使途が明確であることが求められます。
とくに制度融資や補助金連動型の融資では、「設備資金」や「運転資金」といった用途を申告し、それ以外には使えないケースもあります。
一方でファクタリングは、売掛債権の対価を受け取るという構造上、資金使途に制限がありません。
給与の支払いや急な支出、広告費や一時的な仕入れなど、自由に使うことが可能です。
これは柔軟性の高さとして評価される一方で、資金管理が甘いと、あっという間に資金が枯渇するというリスクもはらんでいます。
あくまで計画的に使うことが前提であり、「即時性」と「自由度」は両刃の剣であることを忘れてはなりません。
コスト構造の比較(利息 vs 手数料)
最後に大きな違いとして、「資金調達にかかるコストの構造」が挙げられます。
銀行融資では、基本的に年利数%の利息を支払います。
たとえば年利2%の借入であれば、1,000万円を1年間借りて20万円が利息という計算になります。
一方でファクタリングは、利息ではなく「手数料(買取時のディスカウント)」が発生します。
この手数料は1〜20%、場合によっては30%に及ぶこともあり、短期であってもコストが重くなることがあります。
また、ファクタリングはあくまで「債権の売却」であるため、返済義務は発生しませんが、何度も繰り返せばコスト負担は積み重なっていきます。
コストを比較する際は、単なる数値の多寡ではなく、調達スピードや信用条件などとのバランスを踏まえて総合的に判断することが求められます。
経営改善と資金調達の戦略的関係
キャッシュフロー視点での資金計画
企業経営の根幹をなすのは「利益」ではなく「キャッシュ」です。
いくら帳簿上の黒字が出ていても、現金が尽きれば企業は立ち行かなくなります。
だからこそ、資金調達は単なる資金の“調達手段”ではなく、キャッシュフロー全体を見渡した戦略の一部として考える必要があります。
ファクタリングは、「回収までに時間がかかる債権」を早期現金化することで、資金の入口を前倒しにする手法です。
これにより、出金のタイミングと入金のギャップを埋め、資金ショートを回避することができます。
特に売上が急拡大している成長期の企業では、入金サイトの長さがボトルネックとなりがちです。
ファクタリングを活用することで、キャッシュの循環速度を高め、事業の加速に対応できる資金体制を整えることが可能になります。
ファクタリング導入による経営へのインパクト
ファクタリングの活用は、単なる一時的な資金確保にとどまりません。
資金繰りに対する不安が軽減されることで、経営者の判断力と集中力が戻るという効果もあります。
私が支援したある飲食チェーンのケースでは、数百万円の売掛債権をファクタリングで資金化したことで、閉店の危機にあった店舗の家賃と給与が滞りなく支払われました。
その後、安定した運営により売上が回復し、半年後には資金繰りの自立も実現しました。
このように、ファクタリングは経営改善の“きっかけ”として機能する可能性があるのです。
それは決して劇薬ではなく、「時間を買う」という意味での投資でもあります。
経営改善計画書にファクタリングを組み込む方法
金融機関との交渉や認定支援機関との連携において、経営改善計画書の策定は避けて通れません。
そこにファクタリングを戦略的に組み込むことは、選択肢の一つとして十分に有効です。
たとえば、「一時的な資金ショートが見込まれる3か月間のみファクタリングを活用し、その後は融資と売上回収で資金繰りを調整する」といった記述を加えることで、調達方針に一貫性と計画性を持たせることができます。
また、ファクタリング利用によって得られるキャッシュを、設備投資や広告宣伝など“攻め”の原資として活用するプランを明記することも、金融機関の信頼を得るためには有効です。
要は、「緊急避難として使う」のではなく、「計画的に使い、やがて卒業する」意図を示すことが、成功の鍵となるのです。
金融機関との信頼関係を損なわない運用術
一方で、ファクタリングの使い方を誤ると、銀行との信頼関係に悪影響を及ぼすリスクもあります。
とくに、無断で売掛債権を譲渡してしまった場合、「債務者の管理能力に疑義あり」と判断され、以後の融資に支障をきたすケースがあります。
したがって、以下の3点は特に注意が必要です。
1. 債権譲渡登記の有無を事前に金融機関に相談すること
2. 使途・期間を明示し、改善計画との整合性を保つこと
3. ファクタリングを使わざるを得ない事情を正直に説明すること
私が支援した企業の中には、銀行担当者と密に連携しながらファクタリングを活用し、むしろ信頼を深めた事例もあります。
誠実な情報共有と、筋の通った計画があれば、金融機関も納得してくれることは少なくありません。
資金調達は、「何を使うか」ではなく、「どう使うか」で結果が変わります。
ファクタリングもその一例にすぎません。
なお、ファクタリングの活用にあたっては、その実態やリスクについても冷静な目で見極める必要があります。
業界の現場を知る専門家が、利点と問題点の両面を解説した以下の特集記事も、あわせて参考にしてみてください。
👉 ファクタリング賛否両論 | プロが業界の表と裏を見た実情
「ファクタリング賛否両論」という切り口で語られる実態は、制度のグレーゾーンや業者の選別の難しさなど、単なる金融手段としての理解を超えた気づきを与えてくれるはずです。
まとめ
ファクタリングは、売掛債権を資金化することで迅速なキャッシュインを可能にする、柔軟でスピード感のある資金調達手段です。
特に中小企業にとっては、「今すぐ現金が必要だが、銀行融資の審査を待てない」といった場面で、極めて実用的な選択肢となり得ます。
一方で、ファクタリングはあくまでも「高コストの短期資金」です。
その性質を正しく理解せずに使えば、経営をむしろ不安定にするリスクも否定できません。
だからこそ、銀行融資との違いを理解し、用途・期間・金額のバランスを見極めて使い分けることが重要です。
本記事では、制度と現場の両方を見てきた立場から、ファクタリングの活用法を整理してきました。
私が強くお伝えしたいのは、「資金調達には選択肢がある」という事実です。
融資、補助金、出資、ファクタリング——どれか一つに固執する必要はありません。
重要なのは、自社のフェーズと状況に応じて、最適な組み合わせを描ける経営感覚を養うことです。
その感覚こそが、厳しい環境下においても企業を前に進める「筋力」となります。
そして、その筋力を育てるには、まず知ること、そして対話することから始まります。
資金繰りに悩む経営者の皆さんへ。
どうか、孤独に陥らず、必要なときには選択肢を持ってください。
制度と現場の間に立つ者として、私はその“橋渡し”をこれからも担っていきたいと思っています。