「担保がない」「保証人を頼めない」。
多くの中小企業経営者がこの二つの理由から、事業拡大に必要な融資を諦めてしまう現実があります。
しかし、いま日本の金融環境は大きく変わりつつあります。
担保や保証人に依存しない融資制度の拡充が急速に進み、「信用」という新たな資産で道を切り開ける時代が到来しているのです。
「資金調達は、企業の”心臓”の鼓動を整える行為だと思っています」。
私がいつも経営者の方々に伝えているこの言葉には、30年以上にわたり日本の融資現場と中小企業経営を見つめてきた思いが込められています。
銀行員として多くの起業家と向き合い、金融庁で制度設計にも関わった経験から、「制度と現場、両方を知っている」視点でお話しします。
この記事では、無担保・無保証人での融資を実現するために必要な「信用力」を高める7つの具体的戦略を、最新の金融動向を踏まえてご紹介します。
資金調達に悩み、成長の一歩を踏み出せずにいる経営者の皆さまに、ぜひ希望と実践知として受け取っていただきたいと思います。
目次
なぜ無担保・無保証人での融資が可能になってきたのか
制度改革の流れとその背景
日本の金融システムは長らく「担保と保証に依存した融資」が当たり前でした。
土地や建物などの物的担保、そして経営者本人や第三者による人的保証が、融資の「安全装置」として機能してきたのです。
しかし、このシステムには大きな問題がありました。
優れたビジネスモデルや成長可能性があっても、担保となる資産がない創業期の企業や、保証人を立てられない経営者が資金調達の壁に阻まれてしまうのです。
2008年のリーマンショック以降、日本経済の活性化には中小企業の成長が不可欠という認識が強まりました。
同時に、少子高齢化による事業承継問題も深刻化し、経営者保証が障壁となるケースが目立つようになったのです。
こうした背景から、2014年2月に「経営者保証に関するガイドライン」が施行され、無担保・無保証人融資への流れが本格化しました。
さらに、2022年11月に閣議決定された「スタートアップ育成5か年計画」により、創業・スタートアップ支援の一環として無担保・無保証人での融資制度が大幅に拡充されています。
政策金融公庫や保証協会の役割
制度改革の最前線に立っているのが、日本政策金融公庫(以下、日本公庫)と信用保証協会です。
日本公庫は2024年4月から小規模事業者向けのスタートアップ支援を拡充し、無担保・無保証人融資の利用条件を大幅に緩和しました。
注目すべきは、以前は融資額の10分の1以上の自己資金が必要だった要件が撤廃されたことです。
また、元金返済猶予期間(据置期間)も最大5年に延長され、創業期の資金繰りに余裕が生まれる改正となりました。
一方、信用保証協会は中小企業が金融機関から融資を受ける際に保証人となり、公的な信用保証を提供しています。
保証協会の「保証付き融資」は、民間金融機関でも比較的審査が通りやすく、近年は経営者保証を不要とする特例制度も拡充されています。
「日本政策金融公庫と信用保証協会は、いわば中小企業の資金調達における二大セーフティネットです。それぞれの特性を理解することが、スムーズな融資につながります」
金融庁のガイドラインと銀行の姿勢の変化
金融庁と中小企業庁が推進する「経営者保証に関するガイドライン」は、経営者保証なしでも融資を受けられる道を示しました。
これにより、金融機関の姿勢も「担保・保証」から「事業性評価」重視へと転換し始めています。
具体的には、事業の成長性や経営者の資質、財務の透明性などを総合的に評価する融資スタイルが広がりつつあるのです。
2023年には、金融庁が「事業性評価に基づく融資」を金融機関に強く求める通達を出し、その指標として「経営者保証に依存しない融資比率」を重視する方針を打ち出しました。
みずほ銀行をはじめとする大手金融機関も、中堅・中小企業向けの無担保融資の枠組みを拡大しており、金融業界全体が「脱・担保保証」へと動いています。
この流れを理解し、自社の信用力を効果的にアピールできれば、無担保・無保証人融資も決して夢ではありません。
次節では、そのための具体的な戦略を見ていきましょう。
信用力を高めるために必要な7つの戦略
中小企業が無担保・無保証人で融資を獲得するためには、”信用力”を高めることが何よりも重要です。
ここでは、私が実際に多くの経営者と共に実践し、成果を上げてきた7つの戦略を紹介します。
1. 財務諸表の整備と透明性
財務諸表は企業の健康診断書であり、信用の基礎となるものです。
単に決算時に税理士に任せるだけでなく、経営者自身が内容を理解し、定期的に更新できる体制を整えましょう。
特に銀行が注目するのは以下の点です:
- 1. 自己資本比率の推移
- 2. 営業キャッシュフローの安定性
- 3. 借入金の返済能力(返済比率)
- 4. 資金繰り表の精度
- 5. 月次管理の徹底度
月次の試算表作成は最低限の取り組みとして、前年同月比や予算実績比較など、より詳細な分析ができる体制を整えましょう。
税務申告だけでなく、金融機関向けの決算書も作成し、XBRL形式など標準化されたデータ提供ができれば、さらに信頼度が上がります。
税理士と連携し、「中小企業の会計に関する基本要領」に準拠した財務諸表の作成を心がけることで、銀行からの評価も高まります。
2. 事業計画書の説得力を高める
無担保・無保証人融資の審査では、将来への展望を示す事業計画書の質が極めて重要です。
単なる希望的観測ではなく、市場分析に基づく実現可能性の高い計画を立てることが信用獲得の鍵となります。
説得力のある事業計画書には以下の要素が必要です:
- 1. 明確な企業ビジョンと経営理念
- 2. 市場環境と競合分析(SWOT分析)
- 3. 具体的な数値目標(3〜5年の売上・利益計画)
- 4. 実現のための具体的施策(アクションプラン)
- 5. リスク要因とその対策
特に数値計画は「なぜその数字になるのか」という根拠を示すことが重要です。
業界標準やベンチマークとの比較、過去実績からの成長モデルなど、説得力のある根拠づけを心がけましょう。
「優れた事業計画書とは、未来を語るストーリーではなく、未来を実現するための設計図です」
事業計画書の更新も定期的に行い、PDCAサイクルを回していることを金融機関に示すことで信頼関係が深まります。
3. 自社の「強み」を定量的に示す
融資審査において、「この会社ならではの強み」を明確に示すことは大きなアドバンテージとなります。
しかし、多くの経営者は「うちは技術力が高い」「顧客満足度が高い」などと定性的な表現に留まりがちです。
真の信用獲得には、こうした強みを「定量的」に示すことが不可欠です。
自社の強みを定量化する方法としては:
- 1. 技術力→特許取得数や難易度の高い製品の開発実績
- 2. 顧客満足度→リピート率やNPS(顧客推奨度)スコア
- 3. チーム力→離職率や従業員満足度調査の結果
- 4. 市場での地位→シェア率や業界内ランキング
- 5. 営業力→顧客獲得コストや成約率の業界比較
これらの指標を定期的に測定し、改善傾向を示すグラフなどを用意しておくと、金融機関との面談で具体的な説明ができます。
業界平均や競合との比較データがあれば、さらに説得力が増すでしょう。
数字で語ることで、感覚的な主張から脱却し、より客観的な評価につながります。
4. 過去の実績をどう”魅せる”か
企業の過去の実績は、将来の返済能力を判断する重要な材料となります。
単に「黒字経営を続けています」というだけでなく、その背景にある物語を効果的に伝えることが重要です。
実績を魅力的に見せるポイントは:
- 1. 困難な状況をどう乗り越えたかのストーリー
- 2. 成長の転機となった決断や投資の成果
- 3. 業績向上のために行った具体的な改善策
- 4. 安定した取引先との長期的な関係性
- 5. 経営危機や業界不況時の対応力
実績を示す際は、単純な財務数値だけでなく、非財務情報も組み合わせて説明しましょう。
例えば、売上増加の背景にある新規顧客開拓の取り組みや、利益率改善のために行ったコスト削減策などを具体的に説明できると説得力が増します。
過去の返済実績も重要です。
小さな借入でも返済を確実に行ってきた履歴は、金融機関にとって大きな信頼材料となります。
5. 担当者との信頼関係構築
無担保・無保証人融資では、企業と金融機関の「人と人との信頼関係」が従来以上に重要となります。
特に窓口となる融資担当者との関係構築は、審査結果に大きな影響を与えます。
信頼関係構築のための具体的アプローチ:
- 1. 定期的な業況報告(月次試算表の提供など)
- 2. 良い情報も悪い情報も隠さず伝える姿勢
- 3. 問い合わせへの迅速な対応と正確な情報提供
- 4. 経営者自身が直接コミュニケーションをとる
- 5. 銀行が主催するセミナーや交流会への参加
特に重要なのは「悪い情報こそ早く伝える」という姿勢です。
資金繰りが厳しくなる兆候が見えた時点で相談すれば解決策が見つかりますが、ギリギリになってからでは対応が難しくなります。
銀行担当者の定期的な交代に備えて、複数の行職員と関係を築いておくことも有効です。
支店長や次長クラスとの面識があると、担当者が変わっても関係の継続がスムーズになります。
6. 公的制度・支援策の活用
現在、中小企業向けに多様な公的融資制度や補助金が用意されています。
これらを積極的に活用し実績を作ることで、民間金融機関からの無担保・無保証人融資への道が開けやすくなります。
特に注目すべき制度:
制度名 | 特徴 | 最大融資額 | 金利 |
---|---|---|---|
日本公庫「新規開業資金」 | 原則無担保・無保証人、創業7年以内対象 | 7,200万円 | 年1.23%〜2.45% |
「女性、若者/シニア起業家支援資金」 | 女性、35歳未満、55歳以上向け | 7,200万円 | 特別利率(低利) |
中小企業経営力強化資金 | 経営力強化に取り組む企業向け | 7,200万円 | 特別利率(低利) |
マル経融資 | 商工会議所の推薦必要、無担保・無保証人 | 2,000万円 | 年1.11%〜 |
これらの公的制度を利用する際のポイントは、単に「資金を得る」だけでなく、その活用実績や返済状況を将来の融資交渉の材料にすることです。
たとえば「日本公庫からの融資を予定通り返済している」という実績は、民間銀行にとって大きな安心材料となります。
また、経済産業省や中小企業庁の各種補助金採択実績も、事業の将来性や経営力の証明として評価されます。
これらの外部評価を積み重ねていくことで、無担保・無保証人融資への道が開けていきます。
7. 他社事例から学ぶ成功のヒント
無担保・無保証人融資を成功させた企業の事例からは、多くの学びが得られます。
業種や規模が違っていても、応用できるポイントは必ずあります。
成功企業から学べる主な要素:
- 1. 融資申請前の準備期間の取り方
- 2. 金融機関との最初のアプローチ方法
- 3. 提出書類の作り方や説明のコツ
- 4. 面談での質問への効果的な回答例
- 5. 断られた場合の再チャレンジ戦略
成功事例を学ぶ際は、表面的な結果だけでなく、そのプロセスにも注目することが重要です。
どのような準備をし、どのような困難があり、それをどう乗り越えたかを詳しく分析しましょう。
業界団体や商工会議所のネットワークを活用して、実際に無担保・無保証人融資を受けた経営者から直接話を聞く機会を作ることも有効です。
「他社の成功事例は、最短距離で目標に到達するための地図」と考え、積極的に情報収集を行いましょう。
銀行が見ている”本当の”信用ポイント
無担保・無保証人融資において、銀行はどのような観点から企業を評価しているのでしょうか。
30年以上にわたり融資現場を見てきた私の経験から、銀行審査の「内側」をお伝えします。
担保・保証に依存しない審査の視点
担保や保証人がない場合、銀行はより多角的な視点から企業を評価します。
決算書の数字だけでなく、事業の本質や持続可能性をより深く分析するのです。
銀行が注目する4つの評価軸:
- 事業性評価(ビジネスモデルの持続可能性)
- 財務評価(数字に表れる経営の健全性)
- 経営者評価(リーダーとしての資質と実績)
- 環境評価(業界動向や地域経済との関係)
審査担当者は、これらを総合的に判断して融資の可否を決定します。
一つの項目が弱くても、他の強みでカバーできれば融資につながる可能性があります。
例えば、創業間もなく財務実績が少なくても、経営者の実績や革新的なビジネスモデルがあれば評価されるケースも少なくありません。
銀行が最も重視するのは「返済能力」です。
審査ではどの財源から、どのようなタイミングで返済されるかが最大の関心事となります。
黒川が現場で学んだ「加点」と「減点」の実例
私が融資担当者として多くの経営者と接する中で、審査において「加点」になる要素と「減点」になる要素を明確に感じてきました。
これらは公式のマニュアルには載っていない、実務の中で培われた評価ポイントです。
<加点となる要素>
- 経営課題を自ら分析し、具体的な改善策を持っている
- 金融機関からの質問に対して、データに基づいた回答ができる
- 業界の構造変化を先読みし、戦略的に手を打っている
- 従業員育成に投資し、組織力を高めている
- 難局を乗り越えた経験があり、そこから学びを得ている
<減点となる要素>
- 経営上の問題を外部要因のみに求める姿勢
- 質問に対して感覚的・抽象的な回答に終始する
- 金融機関との約束や報告の期限を守らない
- 私生活と会社の財布が明確に分離されていない
- 短期的な利益ばかりを追求し、将来への投資をしない
「加点」要素を増やし「減点」要素を減らすという単純なことが、無担保・無保証人融資への近道となります。
特に重要なのは「自社の弱みを認識し、改善に取り組む姿勢」です。
完璧な企業など存在しませんが、課題を隠すのではなく、正直に認めて改善策を示せるかどうかが評価を分けます。
審査部が注目する”人柄”と”姿勢”とは
無担保・無保証人融資では、経営者の人柄と姿勢が想像以上に重要な要素となります。
融資判断の際、銀行の審査部は以下のような点に注目しています:
- 誠実さと一貫性(言動に矛盾がないか)
- 自社と業界への深い理解(専門性と洞察力)
- 困難への対応力(過去の危機をどう乗り切ったか)
- コミュニケーション能力(わかりやすく伝える力)
- 向上心と学習意欲(常に成長しようとする姿勢)
融資審査では、提出書類だけでなく面談での受け答えも重要な判断材料となります。
質問の意図を理解し、具体的かつ簡潔に答えられるかどうかで、経営者としての資質が評価されるのです。
「この経営者なら困難を乗り越えられるだろう」「この経営者なら誠実に返済に努めるだろう」という信頼感を生み出せるかどうかが、無担保・無保証人融資の決め手となります。
資金調達は単なる金銭のやり取りではなく、人と人との信頼関係に基づく「約束」です。
その本質を理解し、長期的な関係構築を心がけることが、真の信用力につながるのです。
無担保・無保証人融資の現実と限界
無担保・無保証人融資の可能性が広がっている一方で、その現実と限界も理解しておく必要があります。
期待だけが先行すると失望も大きくなるものです。
ここでは、私が現場で目の当たりにしてきた「無担保・無保証人融資の実情」をお伝えします。
利用できる場面と条件
無担保・無保証人融資が比較的活用しやすいのは、以下のような場面です。
創業期:特に日本政策金融公庫の創業融資制度は、税務申告を2期終えていない段階の企業向けに無担保・無保証人での融資を前向きに検討します。
2024年4月からは自己資金要件も緩和され、利用しやすくなっています。
小規模事業者向け:商工会議所の推薦を受けられる「マル経融資」は、会員歴や経営指導を受けるなどの条件はありますが、最大2,000万円までの無担保・無保証人融資を低金利で受けられます。
経営力強化に取り組む企業:「中小企業の会計に関する基本要領」に準拠した決算書の作成や、経営革新計画の認定など、経営改善に積極的に取り組む企業は評価されやすい傾向にあります。
一方で、以下のような場合は無担保・無保証人融資のハードルが高くなります:
- 直近の決算で大幅な赤字を計上している
- 税金や社会保険料の滞納がある
- 代表者に個人的な信用情報の問題がある
- 業界全体が深刻な不況に陥っている
- 大規模な設備投資など、多額の融資が必要
無担保・無保証人融資はあくまで「信用」を担保とするものです。
基本的な信用力に問題がある場合は、まずそちらの改善から始める必要があります。
トラブル回避のための注意点
無担保・無保証人融資を受ける際には、以下の点に特に注意しましょう。
1. 融資条件の確認
表面上は「無担保・無保証人」と謳われていても、実際には様々な条件が付されることがあります。
例えば「停止条件付保証」や「解除条件付保証」など、一定の条件を満たさない場合には保証が必要になるケースもあります。
融資契約書の内容をしっかり確認し、不明点は必ず質問するようにしましょう。
2. 返済計画の現実性
無担保・無保証人融資は、一般的に審査が厳格になる傾向があります。
融資限度額も低めに設定されることが多いため、過大な期待は禁物です。
返済シミュレーションは余裕をもって設計し、急な資金需要にも対応できるよう準備しておきましょう。
3. 情報開示の継続性
一度融資を受けた後も、定期的な情報開示や経営状況の報告が求められます。
これを怠ると、追加融資や条件変更の際に不利になる可能性があります。
月次試算表の提出など、融資後の約束事はしっかり守るようにしましょう。
4. 経営悪化時の早期相談
万が一、経営状況が悪化し返済が厳しくなった場合は、できるだけ早く金融機関に相談することが重要です。
返済猶予や条件変更など、様々な支援策を検討してもらえる可能性があります。
問題が深刻化してからでは選択肢が限られてしまいます。
融資を受けた後のフォローと関係維持
無担保・無保証人融資は、従来の融資以上に「関係性」が重要となります。
融資実行後の行動が、将来の資金調達にも大きく影響するのです。
具体的な関係維持のポイントは以下の通りです:
- 定期的な業況報告会(四半期に一度程度)の実施
- 当初の事業計画と実績の差異分析を自ら行い共有
- 経営課題や将来の資金需要についての早めの相談
- 返済原資の管理と確保の徹底
- 金融機関が提供する経営支援サービスの積極的活用
私は融資担当時代、返済が始まった後も定期的に訪問してくれる経営者には特別な信頼感を抱いていました。
何か問題が起きたときだけ姿を見せるのではなく、順調なときこそ報告に来てくれる。
そんな経営者には、次の融資も前向きに検討したいと自然に思えるのです。
無担保・無保証人融資は「終わり」ではなく「始まり」です。
長期的な関係構築の第一歩として位置づけ、常に対等なパートナーシップを心がけましょう。
事例紹介:信用力で勝ち取った7つの融資
これまでの理論や戦略を、より具体的にイメージいただくために、実際に無担保・無保証人融資を獲得した企業の事例をご紹介します。
それぞれのケースから、皆様のビジネスに応用できるヒントが見つかるはずです。
黒字転換した町工場の社長
<事例1:A社>
機械部品製造を手がける従業員12名の町工場。
先代から事業を引き継いだ際に多額の負債を抱え、一時は経営危機に陥りましたが、生産工程の見直しと特定分野への特化により黒字転換に成功しました。
融資獲得のポイント:
A社が無担保・無保証人融資3,000万円を獲得できた最大の要因は「透明性の高い経営」でした。
月次の経営会議に取引銀行の担当者を招き、良い情報も悪い情報も包み隠さず共有する姿勢が高く評価されたのです。
また、「見える化」を徹底し、工場内の生産状況や在庫管理も一目でわかるよう整備していました。
銀行担当者が訪問時に「いつ来ても整理整頓が行き届いている」と感心するほどで、企業姿勢として一貫性がありました。
自社の強みを「多品種少量生産における短納期対応」と明確に定義し、そのために行った設備投資や人材育成の取り組みを数値で示せたことも、説得力につながりました。
創業2年で資金調達に成功したIT企業
<事例2:B社>
データ分析サービスを提供するスタートアップ企業。
創業2年目で売上高は1億円程度ながら、独自のAI技術を持ち、成長が期待されていました。
設備投資と人材採用のため、5,000万円の資金調達が必要でした。
融資獲得のポイント:
B社が日本政策金融公庫から無担保・無保証人での融資を獲得できた決め手は、「事業計画の精緻さ」と「試算の根拠の明確さ」でした。
業界動向と自社の強みを結びつけた論理的な事業計画は、技術的な専門知識がない銀行員にも理解しやすい内容となっていました。
特に効果的だったのは、売上予測の根拠を「既存顧客からのリピート率」「新規見込み客の商談進捗状況」など、具体的な指標で示したことです。
また、経営者自身の技術的バックグラウンドと前職での実績を整理してアピールし、「人」への信頼感を高めることにも成功していました。
創業間もない企業が陥りがちな「楽観的すぎる数字」ではなく、複数のシナリオを用意して最悪の場合の対応策まで示したことが、リスク管理能力の高さを印象づけました。
地方で事業承継を果たした老舗店
<事例3:C社>
地方都市で70年続く老舗食品製造業。
創業家の三代目にあたる後継者が事業承継を行う際、設備更新と新商品開発のために2,000万円の資金が必要でした。
融資獲得のポイント:
C社が地元金融機関から無担保・無保証人融資を受けられた背景には、「事業承継計画の透明性」と「地域貢献への姿勢」がありました。
承継に際して「何を継承し、何を変革するか」を明確にした計画書は、金融機関からも高い評価を受けました。
特に効果的だったのは、先代経営者から後継者への移行プロセスを5年計画で段階的に実施する方針を示したことです。
これにより、事業承継のリスクが最小化されると判断されました。
また、地域の特産品を活用した新商品開発計画は、地域経済への貢献として金融機関の方針とも合致していました。
後継者が商工会議所の活動に積極的に参加し、地域ネットワークを構築していたことも、信頼獲得の一助となりました。
これらの事例に共通するのは、「経営の透明性」「具体的な根拠に基づく計画立案」「信頼関係の構築」という要素です。
いずれも一朝一夕に作れるものではありませんが、地道に積み重ねることで必ず成果につながります。
皆様の会社の状況に置き換えて、何から取り組めるかを考えてみてください。
まとめ
無担保・無保証人で融資を受けるという道は、決して容易ではありません。
しかし、本稿でご紹介した7つの戦略を着実に実践することで、その可能性は格段に高まります。
信用力とは、数字と人間性の融合である
融資審査における「信用力」とは、財務諸表に表れる数字と、経営者の人間性が融合したものだと言えます。
どちらか一方だけでは不十分です。
健全な財務状況があっても経営者の誠実さや将来への洞察力に疑問があれば、無担保・無保証人融資の道は開けません。
逆に、素晴らしい人柄や理念があっても、それが数字として表れていなければ、評価は難しくなります。
両者のバランスを取りながら、自社の信用力を高めていくことが重要です。
「整えて、伝える」ことの大切さ
信用力を高めるプロセスは「整えて、伝える」の繰り返しだと言えます。
企業内部の仕組みや財務状況を「整え」、それを効果的に外部に「伝える」。
この単純なサイクルが、信用構築の基本なのです。
多くの中小企業経営者は「整える」ことには熱心でも、「伝える」ことに課題を抱えています。
素晴らしい取り組みも、伝わらなければ評価されません。
金融機関の視点に立ち、何をどう伝えるべきかを常に意識することが、無担保・無保証人融資への近道となるでしょう。
経営者に伝えたい、諦めないための資金調達の知恵
最後に、私が長年の融資業務と中小企業支援を通じて確信している「資金調達の知恵」をお伝えします。
それは「諦めずに改善を続ける」という、シンプルながら強力な姿勢です。
一度融資を断られても、その理由を真摯に受け止め、課題を一つずつ解決していく。
そうした地道な取り組みが、必ず結果につながります。
資金調達は、企業の成長ストーリーの一部分に過ぎません。
無担保・無保証人融資を目指すプロセスそのものが、企業の経営力を高め、将来の成長につながるのです。
「資金調達は、企業の”心臓”の鼓動を整える行為」という私の言葉を、もう一度噛みしめていただければ幸いです。
皆様の企業がより力強く、健やかに成長することを心から願っています。