「資金調達は、企業の“心臓”の鼓動を整える行為だと思っています」——。
そう語るのは、30年以上にわたり中小企業の資金調達に関わってきた黒川雄一氏だ。
銀行員として、そして制度側の視点を持つ金融庁出向者として、日本の融資の“表と裏”を見てきた。
経営者にとって、資金調達は避けて通れないテーマである。
しかし近年、銀行融資とファクタリングの境界があいまいになり、混同されているケースも少なくない。
「銀行に断られたらファクタリングすればいい」という短絡的な考え方は、企業の資金体力をむしろ損なう恐れがある。
本記事では、資金調達の原理と基本構造を整理したうえで、経営フェーズ別に銀行融資とファクタリングの最適な使い分け方を提案する。
読み終えるころには、あなたの会社に最もふさわしい“資金の流れ”が見えてくるはずだ。
目次
資金調達の基本構造と資金ニーズの種類
資金調達の3分類:負債・資本・ハイブリッド
企業が外部から資金を得る手段は、大きく3つに分類される。
1. 負債(Debt)
もっとも一般的なのが「借りる」形の調達である。
銀行融資やビジネスローン、社債などがこれにあたる。
利息の支払いや返済義務があるが、所有権が希薄化しないメリットもある。
2. 資本(Equity)
自己資金や第三者割当増資、ベンチャーキャピタルからの出資などが該当する。
返済義務がない代わりに、出資者への経営関与が発生する可能性もある。
創業期においては、エクイティ型の資金調達が成長の足掛かりとなることも多い。
3. ハイブリッド(Mezzanine)
負債と資本の中間に位置するもので、転換社債や新株予約権付社債などが代表例だ。
返済義務を持ちつつ、一定条件で資本へ転換できる柔軟性が特徴である。
特に中堅企業における成長資金として注目されている。
このように、資金調達には構造的な選択肢があり、経営戦略と連動して選定すべきものである。
運転資金・設備資金・つなぎ資金の違い
調達手段と並行して、**「何のために資金が必要か」**という資金ニーズの明確化も不可欠である。
1. 運転資金
仕入れや人件費、家賃、光熱費など日々の事業運営に必要な資金を指す。
キャッシュフローが不安定な企業にとって、運転資金の調達は命綱となる。
2. 設備資金
新しい機械の導入、工場の建設、ITシステムの刷新などに使われる中長期的な投資資金。
金額が大きくなる傾向があり、長期融資を活用するのが一般的だ。
3. つなぎ資金
売掛金の入金までの一時的な資金不足など、時間差による資金の断絶を埋めるための資金。
短期的な借入やファクタリングが用いられることが多い。
中小企業に特有の「資金繰りの癖」
黒川氏が多くの中小企業と向き合うなかで感じてきたのは、“資金のリズム”に対する無自覚さである。
売上はあるのに、手元に現金がない——。
そんな状態に陥っている企業の多くは、以下のような「癖」を抱えている。
- 売掛金の回収サイトが長く、入金タイミングが遅い
- 仕入や支払いが先行し、常に“前借り状態”で回している
- 月末支払が集中し、資金ショートを起こしやすい
このような「癖」を把握せずに資金調達を繰り返すと、まるで壊れた鼓動のように、企業の心臓は乱れていく。
資金調達とは単なる「お金集め」ではない。
企業の内部構造に応じたリズムの再設計なのである。
銀行融資のメリット・限界と現場の実情
金利の低さだけではない融資の本質
「融資のメリットは金利の安さにある」と、表面的に語られることが多い。
しかし、黒川氏はこれを**“半分正しく、半分間違い”**と語る。
確かに、銀行融資は他の資金調達手段と比べて金利が低く、長期的にみれば資金コストを抑えられる。
だが、**本当の価値は“信用の裏付け”**にあるという。
銀行は、貸出を通じて企業の事業計画や経営能力を審査し、ある種の“社会的承認”を与えている。
金融機関が融資をするということは、第三者による信用の証明ともいえるのだ。
この信頼性が、取引先や投資家からの評価にも直結する。
また、融資を通じて得られる銀行との対話、財務管理のアドバイス、将来的な資本政策への接続性は、単なる金利以上の価値を生む。
審査プロセスの内実:黒川氏の銀行時代の実例
「決算書の数字だけで貸せる案件は、むしろ珍しい」。
そう語る黒川氏は、みずほ銀行の法人営業部時代、現場で数多くの経営者と“腹を割って”話してきた。
ある年商3億円の印刷会社の案件では、表面上は赤字決算で、通常なら「融資見送り」とされる状況だった。
しかし、実態は大口の設備投資に伴う一時的な赤字で、翌期の利益計画は現実的だった。
何より、社長が提出した5年間の経営計画書が極めて具体的で、月次の売上予測と支出計画まで精緻に作り込まれていた。
「この社長なら大丈夫だ」と判断し、1,000万円の運転資金を実行した結果、1年後には黒字転換を果たしたという。
「数字は入口。判断は、経営者の“意思”を見るところから始まる」。
これが、黒川氏の審査に対する信条である。
銀行が貸したがらないときの“隠れた理由”
企業から「銀行に断られた」「説明もなく融資を見送られた」という声を聞くことがある。
しかし、実際には“断りの裏”には、必ず理由がある。
たとえば——
1. 財務内容の不透明さ
粉飾まではいかなくとも、売掛金の滞留や棚卸資産の異常な膨らみなど、説明のつかない数字があると審査は一気に慎重になる。
2. 経営者の姿勢
「返済できますか?」という問いに対して、根拠のない自信や、逆に過度な悲観を示すと、銀行側は“対話不能”と判断する。
3. 調達理由が曖昧
「とにかく資金が欲しい」「何に使うかはこれから考える」というケースでは、事業の実行性が不安視される。
また、銀行にとっては「返済されないリスク」だけでなく、「他行に先を越されるリスク」もある。
他の金融機関に先に話が行っていたり、すでに他行からの資金で“埋まっている”場合は、慎重になるのが実情だ。
銀行は合理的であると同時に、“人間的な組織”でもある。
感情で貸すわけではないが、「納得できる説明」と「信頼できる関係性」は、審査において見えない武器となる。
ファクタリングの仕組みと有効性
ファクタリングとは何か:誤解されがちな定義
「ファクタリング」という言葉を聞くと、多くの経営者が「資金繰りが苦しいときに使う“最後の手段”」という印象を抱く。
しかし、本来のファクタリングは、企業の持つ売掛債権(売上の未来)を資金化する金融手法であり、経営フェーズに応じては極めて有効な選択肢となる。
基本的な仕組みはこうだ。
企業が保有する売掛金を、ファクタリング会社に譲渡し、代金を早期に受け取る。
債権の回収はファクタリング会社が行うため、企業側はすぐに資金を得ることができる。
ここで重要なのは、「借金ではなく、資産の売却」という位置づけである点だ。
つまり、バランスシート上の借入金を増やさずに資金調達ができる。
これが銀行融資との大きな違いである。
「資産を売る」ことで得られる柔軟性
黒川氏は、ファクタリングを「現金化のスイッチを持った“流動性装置”」と表現する。
銀行融資では担保や保証人が必要なことが多く、申請から実行までに時間がかかる。
一方、ファクタリングでは、売掛先の信用力があれば、企業自身の信用度にかかわらず資金調達が可能だ。
これは、創業間もない企業や、業績が悪化している企業にとっても強力な武器となる。
また、融資枠とは異なり、売掛金の発生とともに資金化の機会が生まれるため、資金の流動性を高く保てる。
さらに、売掛先との関係を維持しながら資金繰りを調整できる「2社間ファクタリング」や、売掛先に通知が行われる「3社間ファクタリング」など、選択肢も多い。
状況に応じて使い分ける柔軟性こそが、ファクタリングの真価なのである。
高コストに見えても有利になる場面とは?
確かに、ファクタリングの手数料は決して安くはない。
2社間ファクタリングでは、債権額の5〜15%程度が相場とされる。
これを“高い”とみるかどうかは、状況次第だ。
黒川氏は、ある建設業の事例を挙げる。
その企業は公共工事を受注し、入金は3か月後。
一方、外注費や資材費は即時支払いが必要だった。
通常の融資では間に合わず、2社間ファクタリングを選択。
手数料は7%だったが、工期内に現場を回せたことで追加発注を獲得し、結果的に利益は拡大した。
「コストを見るのではなく、“資金の回転が止まったときの損失”を見なければならない」。
黒川氏はそう語る。
ファクタリングは、“最後の手段”ではなく、“機動的な資金戦略の一環”として位置付けるべきである。
ケース別:どちらを使うべきか
創業直後の資金ショート:スピード優先なら?
創業初期は、とにかく「現金がすぐ必要」という場面が多い。
事業は軌道に乗りつつあるが、入金サイトが長く、仕入れや人件費に充てる現金が足りない——。
このようなケースで銀行融資を申し込んでも、「実績不足」や「保証人・担保の欠如」で門前払いになることが少なくない。
このとき、ファクタリングは“時間を買う”手段として有効だ。
売上先に対する売掛債権があれば、それを資金化することで即日〜数営業日で資金が手に入る。
黒川氏はこう語る。
「創業期こそ、現金の滞留リスクが命取りになります。資金を“つくる”手段は、何よりスピードが重要です」
もちろん、金利や手数料は割高だが、**「今を凌げなければ未来はない」**という現実を踏まえれば、合理的な判断と言える。
売掛金が膨らむ成長期:循環資金の視点
事業が軌道に乗り、売上が増加していくと、思わぬ落とし穴がある。
それが「売掛金の増加」だ。
売上が上がっても入金が先延ばしになれば、現金が追いつかない。
このような“成長に伴う資金ショート”には、2つの選択肢がある。
1. 銀行融資による運転資金の確保
信用力が高まっているタイミングなら、追加融資の交渉が通りやすくなる。
売掛金残高や回収実績を示すことで、資金繰りの安定性をアピールできる。
2. ファクタリングによる一部資金の早期回収
売掛債権の一部を資金化することで、回転資金に余裕が生まれる。
さらに、入金と支払いのタイミングを調整することで、キャッシュフローのブレを小さくできる。
黒川氏は言う。
「成長期の資金調達は、“借りすぎ”と“我慢しすぎ”のバランスが肝です。手元資金を絶やさず、成長エンジンを回し続けることが最優先」
銀行との関係性が希薄な場合の選択肢
長らく自己資金や親族支援で事業を回してきた企業や、地元金融機関との接点が少ない事業者にとって、銀行融資の“ハードル”は高い。
「どの銀行に、何をどう相談すればいいかわからない」という声も多く聞かれる。
こうした場合、以下のアプローチが考えられる。
1. ファクタリングで“暫定資金”を確保
急な支払いに対応するため、ファクタリングで当座を凌ぐ。
ここで得た資金を用いて、税金や社会保険料の滞納を解消し、信用スコアの改善につなげる。
2. 信用保証協会付き融資の活用
保証協会が保証人となることで、銀行の融資実行ハードルを下げる制度。
経営者の信用が薄くても、事業計画の整備と支援機関のサポートがあれば融資に漕ぎ着けることができる。
3. 金融機関との“関係づくり”を始める
融資申込を前提とせず、まずは月次資料の持参や相談を通じて、担当者と信頼関係を築く。
「銀行は、普段からの対話を大切にする組織です」と黒川氏は強調する。
債務超過・赤字決算のときに残された道
最も厳しい資金繰り局面——それが、債務超過や連続赤字の状態である。
銀行融資は事実上ストップし、資金調達の選択肢が大きく狭まる。
だが、ここにも突破口はある。
1. ファクタリングで“命綱”を確保
赤字でも、売掛債権があれば資金化できる可能性がある。
ファクタリング会社は「債務者ではなく、売掛先の信用」を見るため、企業自体の赤字は障害になりにくい。
2. 経営改善計画を立案し、再建に取り組む
税理士や認定支援機関と連携し、経営改善計画書を作成する。
事業の継続性を証明し、中長期的には再度の融資も視野に入る。
3. 倒産を避ける“時間の確保”としての調達
黒川氏はこう語る。
「本当に危ないときは、資金調達そのものより、“1か月稼ぐ時間”の価値が勝るんです」
だからこそ、ファクタリングは“延命”ではなく“再建のための布石”と捉えるべきである。
ハイブリッド活用という発想
銀行融資とファクタリングの併用は可能か?
「銀行融資とファクタリングは排他的な関係にある」と誤解されがちだが、実際には併用できるケースは多い。
むしろ、両者を使い分けることで、より柔軟かつ持続的な資金繰りが実現する。
銀行は、基本的に「返済能力」を基に審査を行う。
一方、ファクタリングは「売掛先の信用力」を前提とした資金化手段である。
この前提条件の違いにより、使えるタイミングと対象資産が異なるのだ。
黒川氏は、かつて担当していた製造業者の事例をこう語る。
銀行融資で設備投資を行いながら、売掛債権の一部を定期的にファクタリングし、資金繰りの安定化を図った。
銀行はこれをマイナス評価せず、むしろ**「計画的なキャッシュ管理」として好意的に受け止めた**という。
重要なのは、「銀行に隠れてファクタリングを使う」のではなく、正直に説明し、使途と期間を明示することである。
フェーズとタイミングを見極めた“資金の流れ設計”
資金調達を単発的に考えると、どうしても“その場しのぎ”になりやすい。
しかし、経営にはリズムがあり、資金には流れがある。
黒川氏は、企業の資金調達を「血流のデザイン」と表現する。
以下に、フェーズごとの資金設計の一例を示そう。
経営フェーズ | 主な資金調達 | サポート的手段 | 留意点 |
---|---|---|---|
創業期 | 信用保証協会付き融資 | ファクタリング(短期) | 実績づくりと信用形成が優先 |
成長期 | 銀行融資(運転・設備) | ファクタリング(循環資金) | 売掛金管理とキャッシュフローの精度向上 |
再建期 | 再生支援融資・経営改善計画 | ファクタリング(つなぎ) | 計画性と説明責任が問われる |
このように、“フェーズ”と“資金の性質”を見極めることが、ハイブリッド活用の核心である。
黒川氏が出会った、再生に成功した企業の実例
ある年、黒川氏がコンサルタントとして関わったのは、年商約8億円の製造業。
取引先の倒産により、大きな売掛金の未回収を抱え、赤字と債務超過に陥っていた。
通常の銀行融資は見込めず、税金・社会保険料の支払いも困難な状況だった。
まず実行したのは、売掛先へのファクタリングによる“キャッシュの確保”。
この資金で緊急支払いを済ませ、次に取り組んだのが経営改善計画の立案と銀行との協議だった。
約半年後、計画が認められ、再建支援型融資が実行。
1年後には、受注が回復し、黒字化を果たした。
「資金が尽きる前に、未来の信頼をどう構築するか」
この企業が証明したのは、“手段の正しさ”ではなく“順序の正しさ”が企業再生の鍵だということである。
まとめ
企業にとって、資金調達とは単なる「お金集め」ではない。
それは、事業の血流を整える行為であり、経営のリズムを設計する意思決定そのものである。
銀行融資は「信用の証明」であり、長期的な信頼構築の軸となる。
ファクタリングは「資産の即時換金」であり、機動的に資金繰りを支える手段である。
両者にはそれぞれの役割と価値があり、どちらが“正解”かではなく、いつ・どのように使うかが問われる。
黒川氏はこう語る。
「資金繰りの本質は、“信用”と“柔軟性”のバランスです。どちらかに偏ると、必ず歪みが出る。経営者にはその舵取りをしてほしい」
短期・中期・長期の視点を持ち、必要なときに、必要な手段を、適切な形で使う——。
その柔軟な判断こそが、これからの不確実な時代を乗り越える力となる。
Q&A:よくある疑問に答えます
Q1. ファクタリングを使うと銀行に悪い印象を持たれませんか?
A. 隠して使うとマイナスですが、計画的に開示しながら使えば、リスク管理の一環として評価されることもあります。使途と期間を明確に伝えましょう。
Q2. ファクタリングは赤字企業でも使えますか?
A. はい。ファクタリングは「売掛先の信用」が重視されるため、自社が赤字や債務超過でも利用できる可能性があります。
Q3. 融資とファクタリング、どちらを優先すべきですか?
A. 資金ニーズとタイミングによります。「スピード重視」ならファクタリング、「コストと信頼性重視」なら融資が基本です。両者の特性を理解し、併用も検討しましょう。